遺贈者紹介

 

藤田 譲次氏 略歴

(ふじた じょうじ)

 

明治34年11月2日初期の明治生命に勤務していた藤田 譲(ゆずる)氏のちの明治生命保険会社社長の二男として東京に生れました。大正14年慶應大学法科卒業後、昭和2年英国ロンドン大学留学卒業、帰国後三井物産に入社、海外支店長などを歴任しました。戦後の昭和22年米軍GHQの命により、府中と所沢に設立された米軍車両整備工場ビクタ-オ-ト(株)の米軍担当責任者に選ばれ32年には社長となりました。小金井市を愛し、小金井橋沿いの桜町に永年にわたり居住いたしました。その後37年に三井系貿易商社日本ウエイウイツク(株)の初代社長に就任、米国をはじめ世界との交易を行いました。平成9年1月8日小金井市の聖ヨハネ桜町病院にて他界しました。享年95歳。なお譲次氏の父、譲氏は慶応年間、かの福沢諭吉先生に師従、教えに従い明治年間単身アメリカに渡り、苦労の末保険制度などを学び帰国、明治生命創立時の一員に加わりました。

 

藤田 君氏 略歴

(ふじた きみ)

 

    明治43年12月5日、永瀬家の三女として東京に生れました。良家の出身で華道、茶道、舞踊の道を極め、師範となりました。戦後すぐ女性としては数少ない航空機による海外渡航を経験、先の藤田譲次氏と知り合い後に結婚しました。さくらをこよなく愛し、玉川上水沿いの小金井市桜町にて永年生活いたしました。晩年居住したヘルスケア・マンションにて鈴木誠一元小金井市長様と親交ができ、将来小金井市の福祉のためになにかお役に立つ事を考えるようになりました。聖ヨハネ桜町病院にお世話になった事から、カトリック小金井教会の敬虔な信者となり、平成21年12には99歳(白寿)の長寿をまっとうし、平成21年12月18日静かに天に召されました。気骨のある明治の女性で御座いました。

 

平成24年4月1日

(相続人)藤田 明